愛と恋 (1)



ずっと前からブログに取り上げてみたいと思っていたことがあります。

それは,なんと,愛と恋について。

なんだ,そりゃ,まったく,という話題。



きっかけは,朝日新聞の記事です。

土曜日にだけ配達される別刷りの 『 Be on Saturday 』 に毎週掲載されている 「be between」 という読者アンケートをもとにした記事です。

毎回,二択の質問に対する回答と,コメントが掲載されています。

5月13日の回の質問は「 好きな言葉は,恋? 愛? 」。


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それぞれの答えを選んだ理由がおもしろいです。



愛を選んだ人は,

「人間意外にも対象が広い」

「恋よりも深さがある」

「人生で一番大事な気持ち」


理性的ですね。



一方,恋を選んだ人は,

「ドキドキする言葉だから」

「心を激しく揺さぶる言葉だから」

「性的情熱は人間の原動力」


など,気持ちが優先する内容です。

「わかるな~,これ」 という感じです。



恋に限らず,気持ちが動く時って,すごくワクワクして楽しいし,夢中になりますよね。

趣味の世界というのは,ほぼ 「恋」 に近いものだと思います。

仕事の世界ではなかなかないことですが,ときどきあるんですよね。

そんなときは,舞い上がるような気持ちになります。


自転車の世界でも,新しいフレームや,ホイールがほしくてあれこれ考えたり,カタログを見比べたり,値段を調べたりしているときは,ほぼ 〈恋に落ちた状態〉 ですものね。


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この記事は,アンケート結果を載せるだけでなく,それに対して編集者が考察を進めていくのですが,これがまたおもしろいんです。


 「崇高さ」 という言葉が,今回の自由回答には散見された。どちらの語が好きかは別にして,「愛は恋より崇高なもの」 といった認識はおおむね共有されているのかもしれない。

 「恋の体験は万人がすべきだ」 という徳島の男性(75)のコメント。「でないと,人間の崇高さはわかっても,人間のでたらめさ,いい加減さは分からない。恋ほどその人をもろに表すモノは無い。愛はいずれ人生のどこかで考えなくてはならぬ問題になる。恋はそうではない。損得を無視する衝動が人間にあることを教えてくれるのは恋だけ」

 愛の崇高さに近づくには,恋をして,衝動や情熱に翻弄 (ほんろう) される愚かな自分を思い知る経験が必要ということか。75年の人生経験から出る含蓄ある意見,さすがです。




「情熱や衝動に翻弄されて,愚かな自分を思い知る」 ── 身につまされますね~。

感情のままに動き,ドキドキハラハラしながら行動するのは,ときに無茶なことにもつながりますが,じつは,とても楽しいことだったりします。


ぼくは,どちらかというと,理屈で考えるのが好きな方ですが,自分でもおどろくくらい感情や気持ちを優先して行動することがあります。

後悔することも多いですが,感情を優先して行動するときは,自分の中からエネルギーが湧いてくる感じですね。



でも,それがあまりにも無茶なことであると判断したら,そんな行動は取りません。

〈自分の感情や気持ちが,自分を良い方向へと導いてくれる〉 と判断したとき,気持ちに任せた行動を取るわけですから,結局,理性で判断しているのかもしれません。

つまり,〈社会的,道徳的にはよくないという見方もあるけれど,この際,それよりも大切にしたいことがある〉 という判断ですね。

言葉どおり,ほんとうに 「気持ちのままに行動する」 ということは,ぼくにはないのかもしれません。




年を取っても恋愛感情は脳に良い刺激を与えるそうです。

家内のことは好きですが,残念ながら,ドキドキするような恋愛感情を抱くことはありません。

ま,これはお互い様。

でも,とても大切な存在であることは動きませんから,いいですよね。



そういう点で,趣味の世界は,ドキドキやワクワク感を抱かせてくれる大切なものです。

ときには,けっこう衝動的な行動をしてしまいます。

急に思い立って車に自転車を積み込み,けっこう遠くまで出かけたり,フツーの人には言えないような額のお金をつぎ込んだりします。

自分でもときどきあきれます (少しだけ)。



愛車を愛おしく思う気持ちも,ほとんど 「恋」 に近いですね。


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ニューバイクを手に入れたときは,ほぼまちがいなくニヤニヤしながら眺めますね。

「恋」 の対象がモノであることもあるんです。





さて,愛の世界も語りましょう。



愛は,もともと,恋以上の広がりを持っています。

人間愛,平和に対する愛。

動物に対しても,モノに対しても,芸術や文化にも向けられるものです。


ぼくたちが道を走っていて,自動車を運転する人やお散歩する人たちとお互いに気持ちよく道を使いたいと思うのも,一種の 「愛」 と考えると,交通安全の基本は,思いやりであり,「愛」 であるとも言えるでしょう。

集団で走るときのハンドサインや声かけ,マナーも,仲間や自転車乗りの文化に対する 「愛」 でしょう。

ツーリング中に地元の人にあいさつすることだって,そうですね。

手前味噌ではずかしいですが,シーズン開けに三国山の林道が落石や折れた枝で危険になっているのを片付けたくなるのも 「愛」 だと考えると,自分の行動もなかなかです。




「恋」 のドキドキやワクワク感と,崇高とまでは行かなくともちょっぴり 「深さ」 を感じさせる 「愛」 が見つかる自転車趣味,つくづくいいなあと思います。






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Comments 2

リキさんへ  

リキさん こんにちは。
愛と恋ですか(^^;
私の中では、愛は真心で恋は下心。
たぶん恋の方が出現頻度が高いですね。
ほとんど毎日現れると言っても過言ではありませんです。
ボー○・ウ○トラという機材の性能やデザインに一目惚れは正当?な恋、高価格な機材を手に入れたい見栄っぱりな性格から欲しくなるのは下心な恋かもしれません(^^;
愛はねぇ、無くさないと分からないもの。
普段は分かってるつもりになっているもの かな(^^)

2017/08/12 (Sat) 12:36 | EDIT | REPLY |   

リキ  

のび~様

のび~さん,こんにちは。

なるほど,「毎日」ですね。
恋を「下心」だけで片付けてはちょっと可愛そうかな。
わかっている「つもり」にならないよう気をつけます。

2017/08/13 (Sun) 10:42 | EDIT | REPLY |   

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