ぺちゃんこ



朝練のコースでは,すぐ近くに池があるせいか,森の中の道であるせいか,いろんな生き物を見かけます。


ところが,車道では,そんな生き物たちが,ときどき,かわいそうなことになっています。



池の近くだからなのか,ザリガニがよくペチャンコになっています。

7月の初め頃には,大量のザリガニがつぶれていました。

どうして池から離れて,森の方へ行くのかわかりません。

春は,毛虫の大移動がよく見られますが,あれも,どうして道を
横断するのでしょう。




車を運転する側からしても,道が薄暗く,小さな生き物が発見しにくいので,ペチャンコ事例が多発するのでしょうね。


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今日は,ヘビがペチャンコになっていました。

思わず 「おわ~」 と声が出てしまいました。

まだ,子どもサイズでした。

生き物たちにとって輝く季節である夏を謳歌できず,無念だったことでしょう。




先日は,子猫がペチャンコになっていました。

おとなのネコがひかれているのはいろんなところで見かけますが,この子猫は言葉どおり 「ペチャンコ」 になっていて,気の毒でした。

この公園にいるネコちゃんたちは,きままで楽しそうに暮らしています。

あの子は,そんな暮らしをたっぷりと楽しむこともなく,これまた無念だったことでしょう。



身体の大小で命の重みがちがうわけではないけれど,大きい生き物がつぶれていると,衝撃度合いがちがいます。






と,そんなことを考えながら走っていると,道に何かが散乱して,つぶれていました。

踏まないようにブレーキをかけて,よくよく見ると,






手を着けていないであろう,モスバーガーと大量のオニオンリングがペチャンコになっていました。

その様子からすると,テイクアウトしたものが自転車から落下,はでに散乱し,回収不能になったと推測されます。

ペチャンコ具合から,かなりの台数の車に踏まれているようです。

モスバーガーは,最近,バンズが変わって美味しくなりました。

これまた,たいそう無念だったことでしょう。


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しかし,笑っている場合ではありません。

坂道だったので,油を含むものをうっかり踏んだらスリップして転倒,なんていうことにもなりかねません。

モスバーガーも危険ですが,ザリガニやヘビだって危険です。

大量のオニオンリングなんて,バナナの皮級の危険度でしょう。



強度を上げて走っていると,どうしても視界が狭くなり,視線が下に落ちて行きがちです。

道に落ちているモノや,周辺の状況をすばやくキャッチして,つねに冷静な判断ができなければなりません。

うっかりしていたら,こっちがペチャンコです。



みなさん,明日も気をつけて走りましょう!






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愛と恋 (2)



愛と恋,その第2回



これも,いつか紹介したいと思っていた話題です。


JAF (日本自動車連盟) から送られてくる 『 JAF Mate 』 という雑誌があります。

以前はつまらなかったのですが,年々内容がおもしろくなっています。

その中にあった 「 Dr.泉谷の人生相談」 というコーナーがおもしろかったんです。

( 泉谷閑示,『JAF Mate』2017,6月号 )


その回の相談は,


恋人がいる人ばかり好きになります。私は,幸せになれるでしょうか。


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というもの。

その回答は,冒頭,このように始まります。


人を好きになることそのものは,とても自然なことです。最近では,誰にも興味を持てなくなっているような人も少なくありませんから,その点ではもうすでに,あなたは人を好きになるという幸せの中にいるのです。


いいでしょ。

泉谷先生は,いきなり 「それはダメ,もっとよく考えて行動しなさい」 とは言わないんです。

人を好きになることのすばらしさから入っています。

これにまずしびれました。

つづいて,


好きになった相手が,蓋を開けてみたら恋人がいる人だったということならば,あなたの側の問題ではありません。トラブルを承知で果敢にアプローチするのか,恋愛関係にこだわらず良き人間関係を続けることを選ぶのか,それはあなたの判断です。恋愛というものは,人為的につくられた社会秩序や道徳とは別の次元に属するものなのです。


これもすてきな答えです。

ひとつの見方を押しつけることなく,恋とはそういうものだからと事実を告げ,「あとは自分で判断なさい」 というわけです。

しかし,厳しいことも言います。


しかし,もし相手に恋人がいるとわかったとたんに好きになってしまうとすれば,それは他人のものがうらやましくて奪いたくなるという心理が働いているので,手に入れたとたんに熱が冷めてしまって,不毛な恋愛をくり返すことになりかねません。


そして,続く最後の部分には深く感じ入りました。


幸せになれるかどうかを心配されているということですが,幸せとは,けっして誰かを所有したりすることによって得られるものではありません。そして恋愛は,相手を所有することではありません。

「愛」 とは,相手が相手らしくあることを喜ぶことであって,相手が自分のものであると考えたり,思い通りになることを求めたりするのは,エゴによる 「欲望」 なのです。

これさえわきまえていれば,恋愛はとてもすばらしいものであり,生きる喜びの源泉なのです。




〈 愛とは,相手が相手らしくあることを喜ぶこと 〉 というのはまさに卓見。



家内は,最近,草木染め,料理教室,乗馬と,たくさんのことに夢中になっています。

楽しそうに,その話をしてくれます。

人が楽しそうに何かを語る顔が好きです。

それが愛する人ならなおさら。



ぼくが自転車に夢中になっていることも,そんな気持ちでいてくれるのではないかと思っています。

救急車で運ばれても,「やめろ」 とは言いませんでした。



子どもたちにも,そんな気持ちで,「好きなことをすればいい」 と言ってきました。

その結果,二人とも収入が低くて苦労していますが,幸せに生きています。




〈 愛とは,相手を所有することではない 〉 というのも痛い言葉です。


卑近な例で行くと,「ほしくて買ったけれど,使っていない」 というものが,ぼくの部屋にはゴロゴロしています。

自転車のパーツ,ウェア。

数多くのレコード。


「所有したかっただけでしょ」 と言われたら,「はい,その通りでございます」。

特にレコード収集などは,先ほどの回答にあった 「手に入れたとたんに熱が冷めてしまって,不毛な恋愛をくり返す」 という指摘が,ぐさりと胸に突き刺さります。

買っただけで聞いていないものが何枚あることか。

恐ろしくて数えられません。


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これらのモノに対しても,「相手が相手らしくある」 ことを考えて活用の道を開いてあげなければいけませんね。



死蔵されて泣いているモノたちよ,もう少し待っててね。

君たちを輝かすから。

もしくは,輝ける場所へと送り出すから。






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愛と恋 (1)



ずっと前からブログに取り上げてみたいと思っていたことがあります。

それは,なんと,愛と恋について。

なんだ,そりゃ,まったく,という話題。



きっかけは,朝日新聞の記事です。

土曜日にだけ配達される別刷りの 『 Be on Saturday 』 に毎週掲載されている 「be between」 という読者アンケートをもとにした記事です。

毎回,二択の質問に対する回答と,コメントが掲載されています。

5月13日の回の質問は「 好きな言葉は,恋? 愛? 」。


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それぞれの答えを選んだ理由がおもしろいです。



愛を選んだ人は,

「人間意外にも対象が広い」

「恋よりも深さがある」

「人生で一番大事な気持ち」


理性的ですね。



一方,恋を選んだ人は,

「ドキドキする言葉だから」

「心を激しく揺さぶる言葉だから」

「性的情熱は人間の原動力」


など,気持ちが優先する内容です。

「わかるな~,これ」 という感じです。



恋に限らず,気持ちが動く時って,すごくワクワクして楽しいし,夢中になりますよね。

趣味の世界というのは,ほぼ 「恋」 に近いものだと思います。

仕事の世界ではなかなかないことですが,ときどきあるんですよね。

そんなときは,舞い上がるような気持ちになります。


自転車の世界でも,新しいフレームや,ホイールがほしくてあれこれ考えたり,カタログを見比べたり,値段を調べたりしているときは,ほぼ 〈恋に落ちた状態〉 ですものね。


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この記事は,アンケート結果を載せるだけでなく,それに対して編集者が考察を進めていくのですが,これがまたおもしろいんです。


 「崇高さ」 という言葉が,今回の自由回答には散見された。どちらの語が好きかは別にして,「愛は恋より崇高なもの」 といった認識はおおむね共有されているのかもしれない。

 「恋の体験は万人がすべきだ」 という徳島の男性(75)のコメント。「でないと,人間の崇高さはわかっても,人間のでたらめさ,いい加減さは分からない。恋ほどその人をもろに表すモノは無い。愛はいずれ人生のどこかで考えなくてはならぬ問題になる。恋はそうではない。損得を無視する衝動が人間にあることを教えてくれるのは恋だけ」

 愛の崇高さに近づくには,恋をして,衝動や情熱に翻弄 (ほんろう) される愚かな自分を思い知る経験が必要ということか。75年の人生経験から出る含蓄ある意見,さすがです。




「情熱や衝動に翻弄されて,愚かな自分を思い知る」 ── 身につまされますね~。

感情のままに動き,ドキドキハラハラしながら行動するのは,ときに無茶なことにもつながりますが,じつは,とても楽しいことだったりします。


ぼくは,どちらかというと,理屈で考えるのが好きな方ですが,自分でもおどろくくらい感情や気持ちを優先して行動することがあります。

後悔することも多いですが,感情を優先して行動するときは,自分の中からエネルギーが湧いてくる感じですね。



でも,それがあまりにも無茶なことであると判断したら,そんな行動は取りません。

〈自分の感情や気持ちが,自分を良い方向へと導いてくれる〉 と判断したとき,気持ちに任せた行動を取るわけですから,結局,理性で判断しているのかもしれません。

つまり,〈社会的,道徳的にはよくないという見方もあるけれど,この際,それよりも大切にしたいことがある〉 という判断ですね。

言葉どおり,ほんとうに 「気持ちのままに行動する」 ということは,ぼくにはないのかもしれません。




年を取っても恋愛感情は脳に良い刺激を与えるそうです。

家内のことは好きですが,残念ながら,ドキドキするような恋愛感情を抱くことはありません。

ま,これはお互い様。

でも,とても大切な存在であることは動きませんから,いいですよね。



そういう点で,趣味の世界は,ドキドキやワクワク感を抱かせてくれる大切なものです。

ときには,けっこう衝動的な行動をしてしまいます。

急に思い立って車に自転車を積み込み,けっこう遠くまで出かけたり,フツーの人には言えないような額のお金をつぎ込んだりします。

自分でもときどきあきれます (少しだけ)。



愛車を愛おしく思う気持ちも,ほとんど 「恋」 に近いですね。


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ニューバイクを手に入れたときは,ほぼまちがいなくニヤニヤしながら眺めますね。

「恋」 の対象がモノであることもあるんです。





さて,愛の世界も語りましょう。



愛は,もともと,恋以上の広がりを持っています。

人間愛,平和に対する愛。

動物に対しても,モノに対しても,芸術や文化にも向けられるものです。


ぼくたちが道を走っていて,自動車を運転する人やお散歩する人たちとお互いに気持ちよく道を使いたいと思うのも,一種の 「愛」 と考えると,交通安全の基本は,思いやりであり,「愛」 であるとも言えるでしょう。

集団で走るときのハンドサインや声かけ,マナーも,仲間や自転車乗りの文化に対する 「愛」 でしょう。

ツーリング中に地元の人にあいさつすることだって,そうですね。

手前味噌ではずかしいですが,シーズン開けに三国山の林道が落石や折れた枝で危険になっているのを片付けたくなるのも 「愛」 だと考えると,自分の行動もなかなかです。




「恋」 のドキドキやワクワク感と,崇高とまでは行かなくともちょっぴり 「深さ」 を感じさせる 「愛」 が見つかる自転車趣味,つくづくいいなあと思います。






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朝練のちょっとした楽しみ



毎日暑いですね。

ここのところ,土日はあちこちに出かける用があって,まったく走っていません。


まあ,お昼過ぎには勤務時間が終わるので,走ろうと思えばお昼から走れるんですが,この暑さですから,そんな選択肢を選ぶこともありません。


そこで,最近は,朝早くに走っています。


4時半に目覚ましをかけて,起きられれば走りに出ます。

目覚ましが鳴ってしばらくしても 「だめ…」 と思ったら,止めます。

気分次第。

ただし,お布団からの悪魔の誘いに,一応抵抗します。




走り出すと,気持ちがいいです。

まず,朝の空気。

これが最高。

走り出しは,かなりゆっくり走っていますが,それでも風を切って走る気分は最高です。



きれいな日の出に出会えるときも気分がいいです。

近所の何でもない川が絶景に見えます。


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そして,楽しみにしているのが,庄内川に架かる橋からの眺めです。


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だいたい同じ場所から撮影しています。


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通る時間はだいたい同じですが,日の出間もない時間帯が多いので,山影からお日様が顔を出していたり,出していなかったり,数分前後するだけで景色はまったくちがいます。


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その日の雲の種類や量によっても,見せてくれる表情はまったくちがいます。


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周回コースには,多くの人が散歩しています。

行くと必ず,お友だちに会います。

これも楽しみの一つ。



自転車仲間のケンさん。

まだ,触ったことがありませんが,かわいい黒ラブちゃん。

あんまり好きではない,ネコちゃん。

何でこんなにいるのっていうくらいいます。


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好きではないのに,いつも見ていると,なんとなく親しみを感じてしまうのはなぜ。


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早朝練習,もうしばらく続けてみようと思います。

力がつくかどうかはわかりませんが,ローラーよりもずっと楽しいです。






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ペダリング考察 ── 踏むのは一瞬でいい?



ジイチャンライダーが,ペダリング効率を気にしながらトレーニングをしています。



「効率のいいペダリングの方がパワーが出る」

という命題が必ずしも正しいとは限りませんが,

「同じエネルギーを使うのなら効率がいい方が得」

という命題はかなり正しいだろうと思います。



なにより,限られた力を効率よく使いたいというのは,ぼくのような年寄りライダーにとっては大切な課題です。


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最近学んだこと,考えたことを書き留めておきたいと思います。




【 ペダリングのコツはドリブル? 】


NHK の自転車番組 『チャリダー』 に出演している,猪野学さんが自転車サイト 「Cyclist」 に連載している文章から。

猪野学の坂バカ奮闘記〈13〉

「ペダリングは1日にして成らず」 “39.3%”のどん底からの復活劇 より


 まず最初に取りくんだのが,このペダリングの改善だった。

困った時の 「山の神」 頼みで,森本誠師匠に助けを乞うたところ,バスケットボールでドリブルしろとの事。

ドリブルのボールを弾くタイミングが,ペダルに力を入れるタイミングだと言うのだ。

しかも力を入れるのは一瞬で良いと。



森本誠さんといえば,「山の神」 として有名なクライマー。

そのペダリングのコツが,ドリブルだというのです。



バチンとボールをたたくようなドリブルではなく,手に吸い付くようなドリブルのことを言っているのでしょう。

弾んでくるボールをスッといなすようにして勢いを殺し,

ボールを押し返すときも,ボールの動きに合わせるように押しつける,あのドリブルのことです。


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これを別のイメージに翻訳してみると,ちょうど,子どもが座ったブランコを後ろから押すのと同じイメージだと思います。


ガチンと受け止めたら,子どもにも自分にも大きな衝撃が来てしまいます。

まず,ブランコの勢いが減衰するのにうまくあわせて手を添えます。

これが,11時くらいの位置,上死点近くでペダリングを意識し始めるときのイメージです。


ブランコを押すときは,ブランコが前に行く動きに合わせて力をかけます。

これが,上死点を少し過ぎた辺りからの踏むときのイメージ。


タイミングがうまく合えば,わずかな力を 「一瞬」 かけるだけで,ブランコは大きく揺れ始めます。

まちがったタイミングで力を入れれば,ブランコの動きを悪くしてしまいます。




【 「一瞬」 とは? 】


森本さんは,「力を入れるのは一瞬でいい」 と言います。

勘どころは,この 「一瞬」 のとらえ方だと思います。




物理学の法則をもとにすると,「力は時間とともに働く」 という言い方ができます。

どんな大きな力でも,力をかける時間が短ければ,その効果は小さいです。

逆に,どんな小さな力でも,力をかける時間が長くなればその効果は大きくなります。



力の大きさに時間にかけたものは 「力積」 と定義されます。


  力 × 時間 = 力 積


力積は,速度の大きさを決める要素です。




先ほどの引用文にあった 「一瞬」 がどのくらいの時間なのかということが問題です。

言葉どおり,本当に 「一瞬」 だとしたら,ペダリングの効果はほとんどないことになってしまうでしょう。



森本さんの言う 「一瞬」 は,たぶん,クランクが1時から3時までの位置にあるときのことだと思います。

つまり,この場合の 「一瞬」 は,「効率的にトルクを生み出す部分を踏んでいる時間」 を指しているわけです。


森本さんのように,高めのケイデンスでレースを走る人にとって,それはまさに 「一瞬」 です。


ケイデンス 90 の場合,片側のクランクが1~3時の位置を通過する時間は,約 0.11 秒です。


やっぱり,「一瞬」 ですね。



もちろん,4~5時の位置でもペダルに力をかければ,有効なトルクを発生させることができるわけですが,この辺りでも踏むことを意識すると,下死点辺りでまったく無駄な力を使ってしまうことになります。

そこで,「一瞬」 を意識することで,4~5時の位置では力を急速に減衰させながら,下死点で無駄な力をかけないことをねらっているのです。





ぼくのように非力なライダーにとって,斜度の高い坂を登るときには,どうしてもケイデンスが下がります。



ケイデンスが 60 まで下がると,1~3時のクランク通過時間は,0.16秒。

ケイデンスが 40 まで下がると,1~3時のクランク通過時間は,0.25秒。


踏んでいる時間は 「一瞬」 をもう少し引き延ばしたものになってくるわけです。


計算上は,0.11秒だろうと,0.25秒だろうと,どちらも一瞬のような気がしますが,実際にはどうでしょう。




【 長めの 「一瞬」 もある 】


実走で試してみました。


ケイデンスが 80~90 くらいで,負荷が 250~300W くらいのときには,「クッ,クッ」 と,まさに一瞬踏むペダリングの効率がよかったです。

ペダリングモニターの数値で言うと,60~70%という好結果が出ます。



これに対して,斜度が 10%近くになると,ぼくのケイデンスは 50 程度まで下がります。

こういうときには,「クッ,クッ」 というペダリングは不可能でした。

パワー値が上がらないのです。

つまり,力をかける時間が短すぎるわけです。

ペダルからの反力が大きい上に,力をかける時間が短すぎるので,力の効果である 「力積」 が小さくなるのです。



こういうときには,「グウッ,グウッ」 という 「一瞬」 をもう少し引き延ばしたペダリングが必要になります。



これがそのまま,0.11秒踏むのと,0.25秒踏むのとのちがいではないでしょうが,体感的にけっこうな差が出てくるように思えました。



ですから,ケイデンスが低い場合には,「一瞬」 よりももう少し長い時間踏み続けることが必要になるのだと,感覚的にわかった気がします。


それでもなお,「一瞬」 のイメージは捨てない方がいいでしょう。

それは,下死点近くまで踏みすぎることを防ぐためです。




「一瞬踏む」 を意識するペダリングは,かなり効果的だと思いました。

ただし,「回すペダリング」 とは全く別なものと考えた方がいいような気がしています。

「回すペダリング」 とは,筋肉の使い方がちがうと感じるからです。

場合によって使い分けができるようにしたいと思っています。

これは,また,別の機会に。




さあ,もう少し,練習しよう。

できれば,負荷やケイデンスによって伸び縮みする 「一瞬」 を感覚的に身体に覚え込ませたいと思います。



ロードバイクに乗っていると,景色や自然にも夢中になれますが,こんな理屈っぽいことにも夢中になれます。





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おにゅう峠は美味しかった

小入谷の集落まで下ってきました。

行きの道すがら見つけたすばらしい茅葺き屋根。


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なんと,これが学童保育の施設だというのですから驚きです。

いろいろと不便なことも多いかもしれませんが,こんなすばらしい環境で子育てができたらいいでしょうね。

目の前には,きれいな川が流れており,子どもたちが遊んでいます。


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下り基調の道を軽快に走ります。

といっても,この下り基調が,長い長い。

道のでこぼこから来る振動や,ブレーキを握る動作などで,両掌が疲れてくるほどです。





朽木の市街地に出て,安曇川沿いをしばらく走ると,今日のグルメポイント,キッチン四季に到着です。


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このあたりは,街道沿いにお店が点在していて,そのいくつかはお昼時ということもあり,行列ができていました。
鯖街道だけに,鯖のお店もけっこうありました。
ここ,キッチン四季は洋食屋さんです。
ぼくは,フランス料理店やイタリア料理店よりも,洋食屋さんが好きです。


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リサさんイチオシは,ビーフクリームコロッケ。

gottu さんが 「ビーコロワン!」 と,NHK の連ドラ 『ひよっこ』 に登場するオーダーの言葉で元気よく注文したのですが……

人気メニューのようで,なんと売り切れ。

「お父さん,残念です」 (みねこ独白風)

ぼくは,「あとひとつしかない」 という ボークのビール煮込み をほかの人に遠慮することなく注文。

柔らかく煮込まれたポークに,独特のデミグラソースがかかっていて,最高でした。


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ビーコロはまた次の機会に。

再訪決定です。

途中,お店の人がメタさんたちに 「毎度ありがとうございます」 と挨拶されました。
すると,メタさんが,「この前,とても美味しかったので,今日は友だちを連れてきました」 。
「友だち」 と言われて妙にうれしい気持ちになりました。

お腹を満たしたあとは,あと数㎞,川沿いを走れば駐車場に到着です。

気分がマッタリしてしまったので,ぼくが先頭でゆっくり走りました。
しばらくすると,gottu さんが先頭を交代してくれました。

たぶん,ぼくが先頭ではもの足りないからでしょう。

いや,一番年寄りが先頭では気の毒だから,風よけにと思ってくれたのかな。

ま,ぼくとしては 「ラッキー」 とすぐ後ろにつけたのですが,これがまちがいのもと。

gottu さんは,すぐ後ろに着いたぼくの意図を勘違いします。

( ぼ く ) これでドラフティングの恩恵にあずかれるぞ。
( gottu ) むむ,後ろにピッタリ着いて,あおってきてるな。

ということで,gottu さんがぐいぐいと速度を上げていきます。

いくつかのアップダウンがあるのですが,まったくお構いなしでゴリゴリと踏み倒します。
やがて,今日一番の出力を記録するほど強度が上がります。

ヤレヤレだよ。
まったく,しょうがないな~。
気持ちよくトレイン組んで走ろうよ~ (笑)


汗びっしょりで駐車場につくと,サーッと雨が降ってきました。
ラッキーでした。


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というわけで,今回も楽しく遊ばせてもらいました。

メタさん,リサさん,ありがとうございました!

いっしょに走ってくれたみんなもありがとう!

またね!



写真はこちらにも。




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生きるっていうことは ── おにゅう峠の下りにて





おにゅう峠を下ります。


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登りの時に見なかった景色などを見ながら,いつもどおりゆっくり下ります。

といっても,ゆっくり下らざるを得ない事情もあります。



この辺り一帯は,堆積岩が主体の山で,表面は風化が進んでいます。


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角が鋭利な劈開した石がごろごろと路面に転がっています。

慎重にラインを選ばないと,パンクしそうです。


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タイヤのサイドカットもこわいです。

だから,ゆっくり,ゆっくり。






雲海が谷を埋めるようなときに来たら見事だろうなという眺め。


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九州にある 「ラピュタの道」 を彷彿とさせるような尾根筋を走る道。


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そして,これは,登りの時に見つけたけれど,立ち止まらなかったものです。


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止まってよく見ると,子鹿のようです。

崖から落ちてしまったのでしょうか。




それほど日がたっていないようですが,すでに骨とわずかな皮と毛しか残っていません。




目のくりっとしたかわいいバンビだったのでしょうね。

つい最近まで輝いていた命です。

その命を形作っていた物質の多くは,アミノ酸に分解されて捕食者の体を作るタンパク質として再合成されます。

新たな生を得るのですね。

残ったわずかの有機物は,微生物など最終分解者によって水と二酸化炭素になります。

水も二酸化炭素も,炭酸同化作用で植物に吸収されればその身体に一部になります。

わずかに残された骨や歯などの無機質がこうして道にあるわけですが,これもやがて風化して自然に帰り,地下水に溶け込んだり,植物の根からミネラルとして吸収されたりするかもしれません。



すべての生き物がたどる道です。

今こうして楽しく遊んでいるぼくらも,やがては自然に帰ります。

自分の体を作っている膨大な数の原子や分子は,46億年前から地球にあったもので,たまたま今は 「自分」 という形に集合しています。

生の終わりと同時に,またばらばらになりますが,ぼくをつくっている原子や分子はこの地球に残り続けます。



ぼくらは,物質の大きな循環の中にいるのです。

こうして 「自分」 としての個性と自我の意識を持っているのもわずかな時間だけ。

わずかな時間を,自分のために,周りの人たちのために,楽しく使わなきゃね。






バンビちゃんの残された骨や歯は,側溝にまとめて入れ,上から落ち葉をかけました。

リサさんが小さな墓標を傍らに置いてくれました。





さあ,また楽しく走り出しましょう。



グルメポイントへ向かいます。



子鹿の骨に哀しさを感じながらも,おいしいお肉をいただく楽しみを感じるという矛盾。

そう,生きてるって,そういうこと。

悲しくても,おなかがすくんです。

殺された牛や豚がかわいそうだけれど,おいしいんです。


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── つづく






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おにゅう峠に立つ



小入谷に入りました。

ここから約 8km の登りです。


最初は,登りと言っても,登り基調程度の感覚です。

のんびりと登ります。


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川と森が道に近づいてくると,だんだんと峠道らしくなってきます。

いい雰囲気の峠道です。


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ふと気がつくと,先頭にいた KOU さんの姿が見えません。

ムム。


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どうやら,峠の登りで逃げに入ったようです。

めきめきと登りの力をつけてきた KOU さんです。

今日もきっと,はりきって登っていったにちがいありません。





本格的な登りに入ると,メタさんの奥さんであるリサさんが,軽快なダンシングで,ダンナおきざりアタック!


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しかも,先ほどの休憩場所で,メタさんから受け取ったバックパックを背負って,負荷をかけてのアタック。

さすがです。




しばらくメタさんとゆっくり登ってから,ぼくもペースアップすることにしました。

しかし,少しばかりのペースアップでは,リサさんに追いつけません。

後ろ姿をとらえた後も,なかなか距離が縮まらず,かなりの時間をかけてやっと追いつきました。



つぎは,gottu さんです。



と,追いついたのは,逃げていた KOU さんでした。

gottu さんは,KOU さんをぶち抜いた後,さらに加速していったようです。

これは追いつかないな。




あきらめながらもがんばって登っていくと,なんと,gottu さんの後ろ姿が見えてきました。


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そのスピードを見ると,どうやら油断してゆっくり登っています。

よしよし。

これなら,そーっと近づいて一気に抜き去ることが出来るかもしれません。




ところが,この写真を撮ったすぐ後,ちらりと振り向いた gottu さん,猛然と加速して登っていきました。

逃げられた!

もうこうなると,圧倒的な力の差がありますから,とても追いつけません。




しかし,ここからが長かった。

距離的にはもうピークのはずなのに,なかなか着きません。



メタさんから,「右に曲がった先ピークはある」 と聞いていたのですが,何度右に曲がってもその先に坂が続いています。



もうだめ,というころ,やっと gottu さんが止まっていました。

はあ~,疲れた~。


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しかし,おもしろいピークです。

登ってきた滋賀県側と,ピークの向こうの福井県側がはっきりとしています。


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滋賀県側はきれいに舗装されており,福井県側はダートです。




切り通しの崖の上から見ると,さらにはっきりしています。


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こういうのって,けっこうあるものらしいですね。

~~県から~~県に入ったとたんに,道がよくなった (悪くなった) というたぐいの話は多いみたいです。




ピークからの見晴らしは 「高見に立っている」 と実感させるもので,なかなかすてきでした。

お天気がよければ,福井県側の海が見えるらしいです。


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いい峠でした。

展望も開けていて,登りごたえもあるし,何より,ここにたどり着くまでの道がすばらしいです。




下りは,ゆっくりと写真を撮ったりしながら降りることにしました。



── つづく






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おにゅう峠へ



Rapha Rising 最終日。

どこで今年の Rising をしめくくろうかと考え,滋賀県の山を思いつきました。

もちろん,滋賀県と言えば,メタさんにルート設定をお願いするつもりで。

メタさんお願いすると,二つ返事で 「いいよ」 と言ってくれました。

うれしい。



今回は,おにゅう峠に向かうことになりました。

滋賀県の朽木からピークを経て福井県側へと下っていく峠です。

秋には,山間の谷が雲海で埋められる絶景が見られるところとしても有名だそうです。

しかし,それは,11月頃の早朝に限られるのだそうで,今回はそれが目的ではなく,雰囲気のいい峠道を楽しむのが目的です。




前回の美山ライドと同じく,葛川市民センターの駐車場に集合です。

到着すると,すでにたくさんの車が止まっていて,登山に向かう人たちが準備をしています。

時節柄,暑いライドになるかと思っていたら,空は厚い雲におおわれていて,夏の日差しをさえぎってくれていました。

ただ,空気が身体にまとわりつくようで,蒸し蒸しします。




みんなの準備ができるまで周辺を散策。

古民家が資料館のようにして保存してありました。


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ここ,朽木地区から京都の美山方面にかけて,どこの集落にも茅葺き屋根の民家が見られます。

森の中を抜け,日本の原風景を見ながら走れるすてきなルートがいくつもあるのです。


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まずは,久多のキャンプ場まで。

森の中を走ります。


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前日に雨が降ったということで,森の中は道がぬれています。

打ち水効果で,気持ちがいいです。





久多のキャンプ場からは大きく右へと進路を取り,北上します。



「森の中」 「針畑川沿いの道」 「すてきな雰囲気の里」 と,この三種類の風景が次から次へと味わいを変えながら流れていきます。


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なんとすばらしい道でしょう。




途中,針畑ルネッサンスセンターという地区の集会所で休憩します。

そのとなりには,山帰来という施設もあって,簡単な食事もできるようです。

今回は,TIME のバイクが3台そろいました。


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ふと空を見上げると,少し気になる色の雲が。


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お天気が何とかもってくれればいいのですが。



さあ,ここから少し走ると,いよいよ小入谷へと入っていきます。


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── つづく






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「今日になった」 !?



Rising 点描。


毎日暑いです。


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土日で,Rapha Rising は終了です。

土曜日は 1500m くらい登る予定でしたが,前日に事件は起きました。



金曜日の午後,土日に備えて家でゆっくりストレッチをしていると,電話が鳴り,

「今から,迎えに来られる?」。

娘からでした。

「来るのは明日からじゃないのか」

「今日になった」




「なった」って,いつ 「なった」 んだ。

しかも,「今から」 って。

待ち合わせ場所までお義母さんが連れてきてくれると言うんですから,断るわけに行きません。

仕方なく,迎えに行きます。




これで,土曜日の朝早くに出る計画が難しくなりました。

この子らは,一番涼しいリビングで寝るので,そのすぐ横で暗いうちから朝ご飯というわけにはいきません。


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まあまあ,幸せそうに寝ています。



というわけで,少し明るくなってから出発。

近場のホームコースを走ることにしました。



明治村への登り。


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キノコ。


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ちょっと美味しそう。





尾張富士では,先日の小牧・犬山の豪雨で崩落があったようです。


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反対側は登れたので,久しぶりに登りました。

ずっと日陰の道が最高。


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ただし,斜度は 17% まで出てくるので,楽な道ではありません。

日陰なのに汗だく。





欽明水。

したたり落ちる顔の汗をこの水で流すと,気持ちいい。


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口に含むと,スッキリとした甘み。

暑い季節は,水の音を聞いたり,水の流れるのを見たりするだけで気持ちがよくなりますが,

やっぱり,触れるのが一番。




知っている坂をつないでつないで,1000m 登って帰りました。

帰ると,マゴ峠が待っています。

おもしろいけど,ハードな登りです。

気力・体力・忍耐力が必要です。

日曜の最終日に向けて,体力を使い果たさないよう,気をつけなければ!







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